「鉄紺色の走譜・2016」 〜「箱根」と鉄紺ランナーたちの4年間〜

 4年間、競い合い、励まし合い、語り合った仲間とともに書き綴る最後の襷リレー、「鉄紺色の走譜」。
 王者復権を賭け青学、駒大としのぎを削り、全日本初Vの主力を担い、そして近年の箱根Vを知る唯一の世代が卒業します。
 常に優勝争いが求められるチームの中で、様々な思いを胸に努力し続けてきた皆さん、4年間、ほんとうにお疲れさまでした。
 鉄紺ファンは皆さんのひたむきな姿を決して忘れません。
 4月から実業団で競技を続ける選手も陸上競技から引退する選手も、鉄紺の誇りを胸に、それぞれの道で頑張ってください。 

※BGMが出ます。音量にご注意ください 「走譜」トップ頁に戻る

※想い出の写真は最後に一括して掲載しています。



 主将 橋本 澪選手

 4年間応援ありがとうございました。
 東洋大学に入学してから、主将や箱根5区など入学する前には考えられない経験を数多くする事ができました。この様な貴重な経験ができたのも監督、コーチ、チームメイト、応援してくださった方々のおかげです。本当ありがとうございました。実業団ではこの経験をいかしてもっと活躍できる様に頑張っていきたいと思います。


 副将 服部弾馬選手

 4年間という期間は過ぎてみるとあっという間でした。楽しいことだけではなく、苦しいこともありましたが、部長、監督、コーチをはじめとする多くの方々に支えて頂きました。また、共に過ごした仲間と楽しい時間を過ごすことができ、本当に貴重な4年間でした。さらなる成長を目指し、実業団では、トラック種目で世界と闘える選手になれるように頑張ります。


 副将 山本信二選手


 兄の背を追って陸上を始め、10年間も続けさせてくれた両親に本当に感謝しています。3大駅伝は走れませんでしたが、自分の可能性を最後まで信じて努力できたことに後悔はなく、誇りに思っています。スタッフ、監督の奥様、同期、兄弟、応援してくださった方に支えられたこの4年間は幸せでした。ありがとうございました。


 寮長 松永介選手

 4年間、皆さまの温かいご声援ありがとうございました。
 4年間を振り返ると、入学式後の懇親会で「世界大会でメダルを取る」とご父母の方々、監督、コーチの前で宣言した事を鮮明に覚えています。
 1年生では日本ジュニア記録を更新し、2年生で世界ジュニア金メダル、3年目にユニバーシアードで銅メダル、そして最終学年ではオリンピックで7位。4年間で、他の大学に進学していたらきっと届かないような結果に届く事が出来ました。東洋大学という最高の環境に恵まれ、監督、コーチ、部長、そして陸上部に関わる全ての方々に支えられました。
 来春からは実業団で競技を続けます。東洋大学で得た全ての力を胸に東京オリンピック、そしてその先へ1秒をけずりだす歩きを貫きたいと思います。
 4年間本当に応援ありがとうございました。


 大島亮輔主務


 4年前、私はマネージャーとして東洋大学陸上競技部に入部しました。この4年間という日々は、すごく内容が濃くてかけがえのない44年間でした。塩田部長を始め、酒井監督、佐藤コーチ、谷川コーチ、監督の奥様には大変お世話になりました。本当に感謝の気持ちでいっぱいです。楽しいことや辛くて逃げ出したくなることもありました。ですが、マネージャーとして、最後主務としてここまでめげずにやってこれたのは同期のメンバー、先輩方、後輩達、一緒に仕事をしてきた先輩、後輩のマネージャー、多くの大学関係者、応援してくださるOBの方達の支えがあったからこそだと思います。多くの人達との出会いで得られたこと、この東洋大学で学んできたことに自信を持ち、社会人として挑んでいきたいと思います。
 4年間本当にありがとうございました。


 口町 選手

 4年間、応援ありがとうございました。東洋大学での4年間で競技面、生活面で成長出来ました。このように成長することが出来たのは、部長、監督、コーチ、監督の奥様のお陰です。東洋大学に進学して本当に良かったです。ありがとうございました。


 櫻岡 
駿選手

 この4年間は素晴らしい仲間と監督、コーチに恵まれ競技を続けていくことができました。自分は特にお世話になること、迷惑をかけることが多々ありましたが、支えられてここまでやってこれたと思います。卒業後は実業団で後輩の目標となる存在になれるように精進していきます。


 山本采矢選手

 4年間を振り返ると楽しいことだけでなく、辛いこともありましたが、チームまた応援して下さる方々の支えがあって諦めずに走り続けることができました。また、競技を通して競技力だけでなく人間的にも成長できました。
 最後になりましたが塩田部長、酒井監督、佐藤コーチ、谷川コーチそれから監督の奥様、4年間ご指導していただきありがとうございました。


 牧浦聖
選手
 
 4年間を振り返ると、入学当時は期待されていましたが怪我に悩まされ、辞めたい時期が多くありました。3年生あたりから怪我の頻度が減りエントリーメンバー入りができましたが、三大駅伝を一度も走ることができず卒業となりました。しかし、この辛かった経験は無駄ではなかったと思いますし、酒井監督の指導は人間性を成長させてくれるものだったので、東洋大学を選んで良かったと思っています。
 今後も東洋大学の応援、支援をよろしくお願いします!


 成瀬雅
選手

 4年間ありがとうございました。
 皆様の支えや応援もあり、充実した4年間を過ごすことができました。
 これから新たなスタートとなるので、後悔のない人生を歩んで行きたいと思います。


 山口弘晃選手

 振り返ってみるとあっという間の4年間でした。思うような競技成績は残すことが出来なかったのですが、この4年間で監督、コーチ、先輩方、後輩達、応援してくださる方々、トレーナーさん、そして同期のみんなと出会えた事は一生の財産になりました。卒業後も、実業団で競技を続けさせていただくので、大学時代の分まで結果を出します。4年間ありがとうございました。


 吉村光司選手

 

 4年間、ご声援ご支援ありがとうございました。
 練習、生活ともに大変なことしかありませんでしたが、それと同時に常に生きがいを感じていました。非常に刺激的な4年間でした。
 東洋大学陸上競技部に所属していたという自覚・誇りを持って社会人生活を送ります。
 今後も変わらぬご声援よろしくお願いします。


 海谷椋太選手

 4年間本当にありがとうございました。
 求めていた結果を残すことは出来ませんでしたが、それ以上に大切な仲間と出会えたことや人としての成長を感じることが出来たことを幸せに思います。4年間の経験を活かして社会人になっても頑張って行きたいと思います。



 本平泰選手

 4年間を振り返ってみるとチームに貢献できたことが少なく、迷惑をかけてしまうことの方が多かったように思います。ですが、多くの人と出会い何より最高の指導者と出会え最高の仲間と出会えました。後輩には4年間が長いと思うのではなく、学生時代の4年しか陸上に集中できる時間がないのだと思って欲しいです。
 今まで本当にありがとうございました。






   それぞれの4年間、
     それぞれの想い、
        それぞれの青春。
          “感謝”と“心意気”を胸に、
             これからも輝き続けてほしい、
               それぞれのステージで、
                  「鉄紺色の走譜」第二章に向けて・・・






祝 卒業! 「輝け鉄紺!」卒業アルバム 『1460日分の“1枚”』
※写真は順不同です




大島主務 提供


海谷選手 提供


吉村選手 提供

写真は到着次第順次追加します












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